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山口県美祢市美東町から観光・イベント情報と、地域振興に携わる人々の応援を    全国に発信しています
雨乞山の道人の墳
今日は少し雨が降りましたが、最近は雨や雪がホント少ないです。
こんな日が続くと昔の人は、雨乞いをして降雨を祈願したのでしょうか。

全国に「雨乞山」は数多く存在しますが、美東町大田の市街地東にも
『雨乞山(342.9m)』という山があります。
ここにはその名の通り、「雨乞い伝説」や「道人の墳(豊前坊の墓.)」が
あるそうです。山の麓にこんな看板がありました↓。
美東の雨乞山
看板があるといっても、朽ちて地面に転がっている状態です。(残念・・)
写真を貼りましたが、読みにくいと思いますので、書き写しました。
  安永6年(1777年)、天台宗聖護院本山派の山伏が諸国修行の途中
  病にたおれ、家人の手厚い看護にもかかわらず不帰の人となりました。
  山伏は死に臨み「我が霊力で当家の水禍、かんばつを祈り伏せて
  みせる。」と言いました。死後家人はこの山伏の遺言通り、古里を望む
  この山の上に山伏を埋め、墓を建てました。それ以来、かんばつ時に
  墓前で雨乞い祈願をすれば、必ず降雨を見たと言われ、人々は
  この山を雨乞山と呼ぶようになりました。標高342メートルのこの山は、
  晴れた日には、瀬戸内海を望むことができます。


また、旧日置町のHPに以前の広報「へき」に掲載された『日置の伝説』が
あり、その中で美東町の「雨乞山」に関する記述があります。
転記させて頂くと・・
  (略)所を転じて、美東町を訪れる。山は高くはないが晴天の日は
  頂上より九州豊後が見渡せると云う。往古彦山系の修験僧が
  この地に滞留し漢学を始め学問の手解き等をなし、かたや呪術を
  用いたようである。旱魃の年は山頂まで一人2把以上背負いて登り
  神主の祝詞と共に松明に火をつけその周辺を老若男女が太鼓打ちに
  合せて唄い踊ると云うのである。その狙いは勿論慈雨を乞うことでは
  あるが修験僧が死の間際に豊後の見ゆるところに葬りてもらえば、
  当地の旱魃は雨乞行事によって天恵の雨を降らせてあげると
  言ったことによる。と伝えられている。(略)

昔の人でなくとも、神頼みをしたくなる今日この頃です。
地図リンクはこちらを↓(雨乞山)
  Mapion
関心のある方はこちらを↓
  □ 旧日置町HP > 日置の伝説7「七不思議“雨乞い”」
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