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美東町戦没者追悼式
春らしい日和の一日。美東町HPの行事カレンダーには
4月19日(木)『美東町戦没者追悼式』と記載があります。
戦争で散っていった御霊に、深く慰霊の誠を捧げるとともに、御冥福を
祈る追悼式だとは思いますが、私が個人的に良く分からないのは、
4月19日に行う理由は何でしょうか。(何かの戦いの終結の日?)

「戦没者」とは戦争の犠牲により亡くなった人のことですが、日本では
特に第二次世界大戦により亡くなった人を指すことが多いそうです。
ですが第二次世界大戦に限らず、美東から出兵され亡くなられた方の
記録は、明治初年の戊辰の役(3名)、西南の役(2名)、日清戦争(2名)、
北清事変(7名)、日露戦争(25名)、台湾出兵(1名)、シベリア出兵(2名)、
第一次世界大戦(1名)、上海事変(2名)、支那事変(62名)、
太平洋戦争(358名)、シベリア(3名)、そして広島の原爆による
被害者(2名)を合わせると、470名も戦没者がいらっしゃるそうです。
(「芳魂録」:美東町遺族連合会発行より転記)

太平洋(大東亜)戦争の沖縄戦では、山口県出身の戦没者に対する
県南方地域戦没者「防長英霊の塔」が沖縄県糸満市にあります。
美東から出兵され、亡くなられた方もいらっしゃると思います。
慰霊式典は、毎年11月6日に行われているそうです。

美東町内では戦争の面影を残す史跡がいくつかあります。
 ・「三本木滑走路跡(昭和20年8月)」(赤三本木)
 ・「旧大田陸軍演習場廠舎跡(明治~)」(長登台山)
 ・「旧大田演習場忠魂碑(昭和9年建立)」(長登台山)
これもいずれ紹介しなければと思っています。

戦争にまつわる話といえば、昭和31年春、在日米軍から秋吉台での
演習を地上演習から空爆演習に切り替える計画が発表されました。
県民あげての反対運動が展開され、秋吉台が学術的に極めて
重要なところであることから、計画は中止されました。
昭和32年、この運動の成功を記念して「平和と観光の塔」が
剣山に建立されています。

戦争体験のない私が偉そうに言えませんが、
戦争から何年経とうが、こうした戦没者のことを忘れてはなりません。
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